リバプール |
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誕生の地☆リバプール |
| ビートルズ誕生の地・・・リバプール ビートルズといえばリバプール、リバプールといえばビートルズ。 ロンドンの北西200マイルに位置する世界のどこにでもある 港町のひとつにしかすぎなかったリバプール。 ビートルズの成功とともに世界中の多くの人々が その地名を知るに至りました。 それもこれも すべてビートルズの威光がもたらした ビートルズならではの功績といえるでしょう。 70年代の中ごろ、リバプール市議会は、リバプールの街の中心部に ビートルズの銅像を建てることを決議しています。 それまでのリバプールで有名な場所といえば、 世界の3大教会のひとつに数えられている ローマ・カソリック聖堂ぐらいだったのが ビートルズ後はあの「キャンヴァーン・クラブ」をはじめ、 ビートルズゆかりの場所はたちまちのうちに観光地として 脚光を浴びるようになってしまったのだから まさにビートルズサマサマなのです。 |
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| その港町リバプールで 1956年の春、ビートルズの母体になつたグループ 「クォリーメン」を結成したのが 当時15歳のジョン・レノンでした。 メンバーはジョンの学友たちで、当時のヒットパレードものの演奏に明け暮れていました。 しかしクォリーメンいえば、メンバーはいつも入れ替わり 仕事どころではなく そこらのどこででもお目にかかれる、在り来たりのアマチュア・バンドでした。 ジョンの友人の紹介がきっかけとなり「ポール・マッカートニー」が クォリーメンのメンバーになったのが 1956年の中ごろ。 そして1958年始め頃には、 ポールの仲介で「ジョージ・ハリスン」がクォリーメンに加入しました。 ジョージの加入によって ようやくバンドは、その体をなし 考え方を同じくするバンドらしいグループになったということです。 |
記者 「何故ビートルズなのですか? そして何故 BEETLES ではなくて BEATLES なのですか?」 ジョン 「ある日、海を見ていたら、海の中から人が現われて、 僕の方を指して 『お前はビートル(BEATLE)だ!! 2番目の "E" を "A" に換えなさい 。』 と言ったんだ。 僕はその人のいうがままに、僕たちのグループを THE BEATLES (ザ・ビートルズ)と呼ぶことにしたんだ。」 .........63年頃のインタビュー(ジョン・レノン) この話の真偽はさておくとしても レコード・デビュー(1962年)前のビートルズを知る人の話では ビートルズの名付け親は「スチュアート・サトクリフ」(故人)で スペルをかえたのがジョン・レノンというのが事実らしい。 beetle(かぶと虫) を beat(ビート)に引っ掛けたセンスが ジョンらしいところですね。 |
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--------ビートルズ☆あれこれ!?------------------------- ●ビートルズのドイツ語 ビートルズは 「抱きしめたい」と「シー・ラブズ・ユー」をドイツ語で レコーディングしています。 アメリカでは「サムシング・ニュー」に収録されています。 日本盤もありました。イギリスではこのレコードは発売されていません。 あるドイツ人 「ビートルズのドイツ語は全くなっていない !!」 NEXT |
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